芦原妃名子『月と湖』

月と湖 (フラワーコミックス)

月と湖 (フラワーコミックス)

初出:『Betsucomi』(2007年)
単行本:小学館フラワーコミックス(2007年) 全1巻


 『天根ビターチョコレート』の作者でもある芦原妃名子が、大ヒット作『砂時計』の後の2007年に『Betsucomi』にて描いた読切作品。同年に表題作として「12月のノラ」と共に単行本化された。近年の作者は同誌にて『Piece』を連載中。
 主人公は、高校三年生でテニス部員の市原一菜。元は部活の先輩で、現在は大学生のコータと付き合っている彼女が、受験に成功して彼と同じ大学に行けることになった直後の春休みに、祖母の頼みで、水橋透子という老婆の家に手伝いに行かされることになる。透子は、作家であった一菜の亡き祖父の私小説『月と湖』において、彼の不倫相手として描かれた女性であった。
 一菜は祖母を慕うが故に、当初は透子に対して強い敵愾心を抱くが、実際に透子と触れ合っていくうちに、小説では描かれなかった真実の透子の姿に触れ、戸惑いながらも認識を改めていく。そして物語の後半では、彼女達の過去を自分の現状とオーバラップさせた上で、自分が抱えていた一つの問題に対する結論を導き出すことになる(ただし、その結末は描かれない)。
 『天然ビター』の時にも語った通り、この人は「男女のエゴ」を描くのが実に上手い。本作品の中でも、コータが少女漫画における一般的な男性像を批判した上で「しょせん、男と女は理解不能…!! そこに…! ロマンがあるというのに!!」と語る場面があるのだが、まさにこの台詞こそが、芦原世界の恋愛観を象徴している。だからこそ、物語のラストで一菜の祖母が語る「女のロマン」という言葉には、独特の深みと説得力が感じられるのである。
 ただ、『天然ビター』のように最後までエゴを貫き通す訳ではなく、最終的に一菜は「エゴ」と「他人への情」を折り混ぜる形で一つの決断を下しており、そのお陰で読後感は悪くない。なので、純粋に一本の漫画としては『天然ビター』よりお薦めかな。テニス要素はほぼ皆無だけどね。