柳沢きみお『月とスッポン』

連載:『週刊少年チャンピオン』(1976〜1982年)
単行本:秋田書店チャンピオンコミックス(1977〜1982年) 全23巻


 『翔んだカップル』や『特命係長・只野仁』などで有名な柳沢きみおの初期の出世作週刊少年チャンピオンで長期連載された。ちなみに、作者は全ての五大少年誌で連載を経験した数少ない漫画家の一人。
 主人公は、中学1年の土田新一と花岡世界。小柄で勉強も運動も苦手な新一と、そんな新一を(同い年なのだが)兄と慕う長身美少女・世界の二人を軸としたドタバタ・ラブコメ作品である。作品の進行と同時にほぼリアルタイムで彼等は成長していき、最終的には高校2年の冬までの物語が展開される。
 本作品の連載時は『がきデカ』や『マカロニほうれん荘』などのナンセンス・ギャグの最盛期であり、本作品でも初期においては意味不明なギャグ・ポーズの乱発などが目立つが、後半に入ると人情喜劇的な展開が中心になっていく。
 正直、ギャグに関しては「この時代でなければ楽しめないセンス」であるし、新一と世界のラブ展開もあまり意外性のないエピソードが多いのだが、一方で彼等を取り巻く脇役の面々の恋物語は面白く、特にガリ勉キャラの藤波正平にまつわる恋愛劇と、彼と新一の奇妙な友情関係は、どこか心温まる不思議な魅力を醸し出している(ちなみに、彼を主人公とした『正平記』というスピンオフ作品も存在する)。個人的には、級友の岡崎さんが結構お気に入りなのだが、高校編では消えてしまったのが残念である。
 新一は第1巻の途中でテニス部に入部するが、その後、すぐにラグビー部に転部してしまうため、テニスの場面は極めて少ない。そして、ラグビー部においても部内の人間関係を扱ったエピソードは多いものの、試合そのものは殆ど描かれていないので、「スポーツ漫画」としての何かを本作品に求めることは出来ない。ただ、部長継承を巡る一連の物語など、「部活漫画」としてはそれなりに楽しめる話もある。
 1970年代末期のチャンピオン黄金時代の作品群の中では今ひとつ知名度が低いが、後の『かぼちゃワイン』や『うる星やつら』へと通じる80年代学園ラブコメへの道を開いたという意味でも、そしてヒットメイカ柳沢きみおの原点としても、その歴史的価値は非常に高い。