とり・みき『クレープを二度食えば』

クレープを二度食えば―自選短篇集 (ちくま文庫)

クレープを二度食えば―自選短篇集 (ちくま文庫)

連載:『中3チャレンジ』(1992年)
単行本:徳間書店SCスペシャル『犬家の一族』(1993年)
    筑摩書房ちくま文庫(2000年) 全1巻


 『くるくるくるりん』や『DAI-HONYA』などで有名な個性派漫画家とり・みきが、進研ゼミの『中3チャレンジ』で半年間連載した作品。単行本としては、当初は徳間の少年キャプテンコミックススペシャル『犬家の一族』の中に収録されたが、その後、ちくま文庫から発売された「自選短編集」の表題作として再単行本化された。
 主人公は、中学三年生のテニス部員・梶尾真。下品でガサツな教育実習生・若宮夏生(なつき)とのテニス対決に敗れた彼が、彼女と共に渋谷の竹下通りのクレープ屋へと趣くところから物語は始まる。店内へと呼び込まれた彼は、店内に設置されていた謎の装置から、過去(8年前)から来た少女・香椎(かしい)こずえと遭遇し、なぜか記憶を無くしてしまっている彼女の素性探しを手伝うことになる。
 一言で言うなら、とり・みき版の『時をかける少女』である。タイムパラドックスに関する部分については、正直、今一つ納得出来なかった箇所もあるのだが、まぁ、全体的には「よくまとまった、いい話」というのが第一印象。途中の小ネタは面白いし、細かいトリックも上手い。難しい題材を綺麗に仕上げた良作だと思う。
 テニス描写は冒頭の2頁のみで、最初は「あまり意味のない描写だな」と思ったのだが、最後まで読んでからもう一度読み返すと、細かい説明台詞がきちんと物語の流れに合致していることが分かり、納得させられる。ただ、ちょっと分かりにくいというか、その設定をもう少し上手く生かす台詞を中盤で加えることが出来たのではないかとも思う。
 ちなみに作中で「なにそれ、電話?」「ああ、8年前はまだ携帯電話なんて一般的じゃなかったんだな」という会話があるのだが、ここで「携帯電話」と呼ばれているのは、おそらく家庭用電話の子機のことだと思われる(92年の時点では、現在の意味での携帯電話はまだ殆ど普及していなかった筈)。このように、今から見ると大差ない92年と84年という二つの時代のギャップが、当時の人々の間では重要な差であったことが実感出来るという意味では、あえて現代的な視点で読むのも、それはそれで面白い作品だと思う。