矢沢あい『風になれ!』

風になれ! (りぼんマスコットコミックス)

風になれ! (りぼんマスコットコミックス)

連載:『りぼん』(1987〜1988年)
単行本:集英社りぼんマスコットコミックス(1988年) 全1巻
    集英社文庫コミック版『矢沢あい初期作品集1』(2008年)


 『ご近所物語』や『NANA』などで知られる少女漫画界の当代一のヒットメーカー、矢沢あいの初期の短期連載作品。『りぼん』にて連載され、単行本は全1巻で発売。後に文庫版の表題作にもなった。
 主人公は、私立青園学園中等部一年生・酒井由紀。テニス部での球拾いの日々に嫌気がさしていた彼女が、初めての練習試合で打ってしまった「ホームラン」 が、練習中の高等部の陸上部のエース・名古屋秀樹に当たってしまったことを契機に、彼女の持つ「脚」の実力を秀樹に見込まれ、陸上部へと勧誘されることになる、という物語。
 陸上からテニスへの転向と言えば、『フィフティーン・ラブ』と『しゃにむにGO』が真っ先に思い浮かぶが、その逆パターンは、意外に珍しい。というか、「他のスポーツから陸上への転向」自体が珍しいのかもしれない。特に短距離走の場合、体育の時間に普通に計っている筈なので、「隠れた才能」として描くには少々苦しい、という事情があるのかもしれないが。
 テニス描写に関しては、さすがに物語的には「踏み台」のポジションなので、序盤で若干描かれる程度で、絵的にもきっちり描けているとは言い難い。だが、おそらくこれは、その後の「陸上の魅力」を引き立たせるための演出として、あえて簡素に(面白さが伝わらない程度に)描いているのだろう。
 部活に賭ける少年と、その少年に見込まれつつ、憧れる少女という、スポーツ少女漫画としての王道中の王道であり、作品全体を通じて感じ取れるどこか淡い雰囲気は、同時代の紡木たくを彷彿とさせる。そういえば、『瞬きもせず』も逆パターン(陸上→テニス)だったな。
 正直、『ご近所〜』以降の矢沢あいのどこかエキセントリックな作風とは全く似ても似つかぬ「さわやかな作品」であり、ここまでドラスティックな転換を見せながらヒット作を連発し続ける才能には、ひたすら脱帽させられた。