山本鈴美香『エースをねらえ!』

エースをねらえ! 全10巻・全巻セット (ホーム社漫画文庫)

エースをねらえ! 全10巻・全巻セット (ホーム社漫画文庫)

連載:『週刊マーガレット』(1973〜1975年 1978〜1980年)
単行本:集英社マーガレット・コミックス 全18巻(1973〜1980年)
    中央公論社中公文庫 全14巻(1994〜1995年)
    ホーム社漫画文庫 全10巻(2002年)
    集英社ホームリミックス 全7巻(2004年)


 言わずと知れた日本テニス漫画界の金字塔。過去に幾度もアニメ化され、数年前に実写ドラマ版も作成された。作者の山本鈴美香はその後、『七つの黄金卿』などを発表した後、父親の創設した新興宗教の教祖となった、らしい。
 物語は、主人公・岡ひろみがテニスの名門・西高に入学したところから始まり、お蝶夫人や宗方コーチとの出会いを経て成長していく様が描かれている。お蝶夫人はよくデフォルメされたイメージでパロディの題材として引き合いに出されがちだが、実際のところ原作における彼女はさほど強烈なキャラクターでもない(普通に「可愛い女性」だと私は思う)。
 むしろ、物語全体を通して圧倒的な存在感を示しているのは、宗方仁である。彼の発言の一つ一つには読者を引き付ける力があり、気付いた時には彼の精神世界に引きずり込まれている。後半では桂がその役割を引き継ぐことになるのだが、やはりそこでも実質的に岡や読者の心を捉えているのは、彼の背後にいる宗方なのである。ここまで鮮烈なキャラを作り上げることが出来るこの作者なら、確かに宗教家としてもやっていけるだろうなぁ、と妙に納得させられる。
 一般に、物語後半は蛇足と言われがちで、確かにアンダーソン夫人&妹やお蘭の後輩など、何のために出てきたのかよく分からないキャラも多い。ただ、個人的には上級生となった岡が英(はなぶさ)や香月、そして卒業後は神谷といった後輩達を指導していく辺りの物語も面白いと思う。テニス漫画は短命作品が多いので、こういった『キャプテン』的な描写は非常に貴重なのである。
 テニス描写はひたすらオーソドックスで、魔球などは登場しない。この辺りが、『アタックNo.1』を初めとする60年代スポ根との明確な違いであり、テニスの試合自体の娯楽性よりも、宗方の説く人生論に重点を置いた作品であると言える。その意味では「テニス漫画」という枠で紹介すること自体、実はこの漫画には不適切なのかもしれない。
 それは逆に言えば、テニスに興味がない人々でも楽しめる作品、ということでもある。そのような作品だったからこそ、それまでテニスに興味がなかった多くの少女達を魅了し、日本における第二次テニス・ブームを引き起こす原動力となることが出来たのであろう。