島本和彦『燃えるV』

燃えるV 1 (MF文庫 9-16)

燃えるV 1 (MF文庫 9-16)

連載:『週刊少年サンデー』(1986年)
単行本:小学館少年サンデーコミックス 全5巻(1986〜1987年)
    大都社STコミックス 全3巻(1997年)
    メディアファクトリー文庫 全3巻(2008年)


 日本が誇る「燃える漫画家」島本和彦が、出世作となる『炎の転校生』の次回作として描いたテニス漫画。当初はボクシング漫画の予定だったが、既に当時のサンデー誌上で別のボクシング漫画(おそらく『B.B.』だと思われる)が連載されていたため、題材をテニスに変更したらしい(余談だが、その『B.B.』の続編がテニス漫画となり、しかも主人公の娘の名前が同じというのは、果たして偶然なのだろうか?)。
 物語は、主人公の父・狭間恵(ケイ)がウィンブルドンの決勝戦に挑む場面をプロローグとして描いた後に、軽井沢を徘徊する主人公・狭間武偉(ブイ)がヒロインの新月真澄(実は偽名)と出会うところから始まる。生活費を稼ぐために、真澄の依頼で全日本五位のテニス選手と戦うことになるのだが、全くルールを知らないままコートに入った武偉は、まともに試合をすることすら出来ない。しかし、「テニスでは、相手の身体を狙っても反則にはならない」という衝撃の事実を知った瞬間、彼の最強伝説が始まることになる。
 大抵のテニス漫画において「相手の身体を負傷させる打球」の使い手は一人は登場するものだが、本作品ではそれが主人公の必殺技(迎撃ビクトリー・スマッシュ)として描かれており、物語終盤に入ると、相手からポイントを取るよりも相手に球をぶつけて試合続行不可能にして勝つ、というパターンが中心となっていく。これはまさに、「格闘テニス漫画」という全く新しいジャンルの開拓と言って良い。
 そして、この作品の面白さに更に磨きをかけているのが、赤十字風郎というライバルの存在であると私は思う。ひたすら非常識な武偉の対極に置かれながらも、決してただの「ツッコミ役」では終わらず、武偉と同等以上の強烈な個性を放っている彼の存在こそ、初期島本作品特有のダイナミズムを体現していると言えよう。
 はっきり言って、万人に勧められる作品ではない。しかし、私は本作品こそ「テニス」というスポーツの可能性を新たな地平に広げた至高の傑作だと信じている。もしこのコンセプトでボクシング漫画を描いたとしても、『挑戦者』や『仮面ボクサー』を超える作品には成り得なかったであろう。まさに、怪我の功名から生まれた唯一無二の名作、それが『燃えるV』なのである。