小野弥夢『天使の賭け』

天使の賭け (講談社漫画文庫)

天使の賭け (講談社漫画文庫)

連載:『別冊フレンド』(1986年)
単行本:講談社コミックスフレンドB(1986年) 全2巻
    講談社漫画文庫(2001年) 全1巻


 ラッセル・ブラッドンの小説『ウィンブルドン(原題:The Finalists)』のコミック版。作者の小野弥夢(ひろむ)は講談社を中心に活躍した少女漫画家で、代表作は『DIVA』『Lady Love』など。近年はレディースコミックの世界で活動中。
 主人公は、オーストラリア出身の23歳でATPランキング二位のゲイリー・キングと、ソ連テニス界の秘蔵っ子である17歳のヴィサリオン・ツァラプキン(通称:ラスタス)の二人。中性的で天使のような風貌の持ち主であるラスタスが、勝利よりもテニスを楽しむことを優先する性格であるが故にソ連のテニス指導者達と対立し、ゲイリーの家に転がり込む形でオーストラリアに亡命する、という物語。東西冷戦という特殊な歴史状況ならではの緊迫した展開の中で、ラスタスがゲイリーに対して抱く「友情を超えた感情」が繊細に描かれている。
 テニス漫画としては、(海外小説が原作なので当然と言えば当然なのだが)現実離れした必殺技が登場する訳でもなく、また細かい技術論も少ない。本作品のテニス描写において重要な位置を占めているのは、テニスにおける精神コントロールの重要さである。ゲイリーの最大のライバルであるスコット・デニスン(ATPランキング1位)は、試合中の様々な挑発行為によって相手の精神をかき乱すことを最大の得意技としており、その彼をいかにして攻略するか、ということが物語の一つの重要な軸となっている。
 そしてもう一つの軸が、本編終盤で勃発する、ある一つの事件である。ネタバレになるので詳細は語らないが、本作品の原作はもともとサスペンス小説として知られているので、もしかしたら原作の方はこちらの事件の方が主軸だったのかもしれない(残念ながら私は読んだことがないので、分からないが)。
 全編通して耽美系の香りが強い作品なので、その手の雰囲気が苦手な人には読み辛いかもしれないが、別にその手の趣味のない私が読んでも普通に楽しめるだけの内容ではある。今でも文庫版は普通に流通しており、少なくとも繊細な耽美系の漫画が好きな人なら、買って損はない作品と言えよう。