安彦良和『Cコート』

Cコート (少年キャプテンコミックス)

Cコート (少年キャプテンコミックス)

連載:『少年キャプテン』(1987〜1988年)
単行本:徳間書店キャプテンコミックス(1988年) 全1巻


 『機動戦士ガンダム』のキャラデザとして不動の名声を確立し、漫画家としても『ヴィナス戦記』『アリオン』『虹色のトロツキー』などで有名な安彦良和が描いた幻のテニス漫画。作者は現在は『月刊ガンダムエース』にて『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を連載中。
 発行部数最低のテニス雑誌『月刊C(Center)コート』のアルバイトを務める大学一年生の神無月純が、全米オープンの取材のためにNYに赴き、そこで16歳の新鋭選手・船戸川愛と出会うところから物語は始まる。
 選手の愛ではなく、記者バイトの純の視点から物語が進んでいく点がテニス漫画としては斬新で、『月刊Cコート』の編集長・江戸辺卓三(えどばた・たくぞう)と、愛の兄・船戸川健が抱くテニスへの極端な執念なども味があって面白いのだが、残念ながら人気には恵まれなかったようで、第1巻の終わりの中途半端なところで「第一部・完」になってしまっている(そして、今日に至るまで続編の噂は一度も聞いたことがない)。
 さすがに天下の安彦良和だけのことはあって、絵の上手さは絶品なのだが、この人の漫画は独特のコマ割形式で、フキダシ内でも書き文字を多用したり、台詞の切り方が妙に細かかったりするため、その様式に慣れるまでは読みにくい。また、本来はもっと重厚な人間ドラマを描くことに長けた人の筈なのだが、無理に軽快なノリを取り入れようとして苦戦している様子が作品全体から伝わってくる(まぁ、それはそれで、ある意味面白いのだが)。
 テニス漫画としては、一見正統派のリアルテニスかと思いきや、性転換した元男子の女子選手など、いきなり突拍子も無い設定のキャラが出てきたりするため、正直言って一巻だけでは、どういう方向性に持っていきたかったのかがよく分からない。
 どうにも苦言が多くなってしまったが、個人的には決して嫌いな作品ではない。むしろ、これからやっと面白くなりそうな雰囲気になってきたところで、いきなり打ち切られてしまったことが非常に勿体無かったと思う。あくまでマニア向けではあるが、安彦ファンでなくても、一度は読んでみる価値のある作品だと私は思う。