ひぐちアサ『ヤサシイワタシ』

ヤサシイワタシ(1) (アフタヌーンKC)

ヤサシイワタシ(1) (アフタヌーンKC)

連載:『月刊アフタヌーン』(2001〜2002年)
単行本:講談社アフタヌーンコミックス(2001〜2002年) 全2巻


 現在、『月刊アフタヌーン』にて野球漫画『おおきく振りかぶって』(2007年春からTBS系列にてアニメ化決定)を連載中のひぐちアサが、同作品の前に同誌で連載していた作品。ちなみに、作者の母校・浦和西高校は『エースをねらえ!』の県立西高校のモデルと言われている。
 主人公は、大学の写真部の三年生の唐須弥恵(からす・やえ)と、二年生の芹生弘隆(せりう・ひろたか)の二人。複雑な家庭環境に育ち、ひたすらマイペースで、恋愛にも写真にもアグレッシブで、色々な意味でトラブルメーカーの弥恵と、中学時代にテニスの全国大会準々決勝まで進出しながらも、怪我でその道を断念させられた弘隆の二人が繰り広げる恋愛劇が物語の軸となる。過去に数多くの男性を振り回し続けてきた弥恵と、朴訥ながらも鋭い観察眼で弥恵の本質を見抜こうとする弘隆の不思議な関係の推移が描かれている。
 この物語自体、大学時代の作者の部活(法政大学漫画研究会)での実話がモデルとなっているらしく、その展開は静かに重く、そして時に激しい。それだけに、特に物語後半でのあまりに唐突な急展開には、心が深く揺さぶられる。作者自身も、大学時代の自分が受けたショックを追体験させるつもりで描いたことを、二巻のあとがきで述懐している。
 また、登場人物の一人一人にもモデルがいるようだが、個人的に印象深かったのは、弓為(ゆみなり)という女性部員である。おそらく弥恵と最も古い関係と思われる彼女の口から語られる言葉こそが、弥恵という存在を最も適格に表現しているように思える。
 ちなみに、本編でテニスの場面が出てくることは全く無く、弘隆の回想シーンが僅かに存在するのみである。その意味で、このブログで取り上げることは極めて不適切なのだが、それでも私はどうしてもこの作品を紹介したかった。『おおきく振りかぶって』しか知らない人々に、この作品の存在を知らせたかった。それくらい、私の心の奥底まで響いた物語だったのである。