吉田秋生「解放の呪文」(『吉田秋生傑作集2 夢の園』収録)

夢の園 (プチフラワーコミックス 吉田秋生傑作集 2)

夢の園 (プチフラワーコミックス 吉田秋生傑作集 2)

初出:『別冊少女コミック』(1982年)
単行本:小学館PFビッグコミックス吉田秋生傑作集2 夢の園』(1983年)
    小学館文庫『夢みる頃をすぎても』(1995年)


 『BANANA FISH』『吉祥天女』『夜叉-YASHA-』などの数々のヒット作で知られる個性派女流漫画家・吉田秋生(あきみ)が、別冊少女コミックで描いた初期の短編作品。掲載時は「ラスト・アドバンテージ」というタイトルだったが、PFビッグコミックスの『吉田秋生傑作集2 夢の園』に収録される際に「解放の呪文」へと改題され、その後、小学館文庫の『夢みる頃をすぎても』にも同名で収録された。なお、演出家の吉田秋生(あきお)は別人(男性)。
 主人公は、28才の男子テニス選手・ダグラス・シュライバー。物語は、前年度のウィンブルドン優勝者である彼と、義理の弟(両親が引き取った養子)である18才のファーン・デューンとの間で繰り広げられるウィンブルドン勝戦を主要な舞台としつつ、その直前および二人が出会った頃の回想シーンが随所に挿入される形で展開されていく。ファーンに対して複雑に入り乱れた感情を抱くダグラスのモノローグを中心に、彼等二人を取り巻く様々な人々の思惑が錯綜する様子が情緒的に描かれている。
 少女漫画界随一のハードボイルド作家として有名な作者であるが、本作品もまた、どこか青年誌的な雰囲気の漂う、シブく深みのある物語に仕上がっている。特に、二人の師であるオーク老とファーンの会話の場面は、テニスというスポーツに賭ける両者の執念が感じられて、実に味わい深い。
 テニス漫画としても、試合中の場面の描写は非常に丁寧で、かなり詳細に取材した上で描かれていることが伺える。今見るとやや古い画風ではあるが、実際のウィンブルドンセンターコートでの激戦を観戦しているかのような雰囲気を読者に与えるには十分な描写と言えよう。
 全体的に、あまり大きな山場もなく淡々と進んでいく物語なので、地味と言えば地味なのだが、青年誌のプロスポーツ漫画(初期の『あぶさん』や『風の大地』など)が好きな人達には強くお勧めしたい、そんな作品である。