イケスミチエコ「氷の世界」(『花になりたい』収録)

初出:『ひとみ』(年代不明)
単行本:秋田書店ひとみコミックス『花になりたい』(1979年)


 『緋色マイロード』の作者であるイケスミチエコが『ひとみ』で描いた短編作品(ただし掲載年は不明)。単行本としては『花になりたい』の中に、「とおせんぼ」「おとなのはなし」「陽だまり」「孤島の影」という四本の短編作品と共に収録されている(ちなみに、全て初出は『ひとみ』)。
 主人公は、大富豪の令嬢にして、10歳で高等教育を修学するほどの天才少女・千亜紀。10歳の誕生日に、父の知人のコック長が作った氷の白鳥の彫刻と、氷の中に花を封印する氷中花に魅せられた彼女は、自らの手で同様に氷の彫刻や氷中花を作ろうと試みる。そしてその保存のために自分専用の冷凍室と製氷室を母親に頼んで作らせ、永遠に失われることのない「氷の世界」を築き上げていくことになる……という物語。
 千亜紀はその天才的な頭脳故に、学校に行かずに家庭教師を雇って勉強していることもあり、友達も作らず一人で屋敷の窓の外を見続ける生活を送っているのだが、そんな彼女のお気に入りが、テニスウェアを着ていつも屋敷の前を通っている(彼女よりも年上の)少女であり、やがて千亜紀は彼女をも自らの「氷の世界」へと誘うことになる(ちなみに、彼女がテニスをするシーンは存在しない)。
 基本的にハッピーエンドの物語が多いこの単行本において、この作品は実に独特の雰囲気を醸し出している。描写自体はあくまでも流麗可憐な少女漫画であり、徹頭徹尾「美しいシーン」だけで構成されているが故に(そしてそれを可能にする画力が作者にあるが故に)、実際に展開されている物語内容がより一層恐ろしく感じられる。本作品のタイトルである「氷の世界」とは、物理的な意味だけでなく、この物語全体の持つ「冷たさ」「無機質さ」をも表現していると言えよう。
 この時代の秋田書店のコミックスは入手困難なので、あまり気軽にお勧めは出来ないが、収録されている他の短編作品にも良作が多いので、もしどこかの古本屋で見つけたらぜひ手に取ってみて欲しいと思う。