高階良子『昆虫の家』

昆虫の家 (ボニータコミックス)

昆虫の家 (ボニータコミックス)

初出:『なかよし』(1973年)
単行本:若木書房TCデラックス(1974年) 全1巻
    秋田書店ボニータコミックス(1985) 全1巻


 『ピアノソナタ殺人事件』の高階良子が、1973年の『なかよし』の別冊付録として描いた作品。単行本は当初、講談社ではなく若木書房から発売され、後に秋田書店の手で再版された。なお、巻末には「うわさのふたり」という読切作品も同時収録されている。
 主人公は、フランス人とのハーフで、養護施設に通う赤毛の少女・クレール。その独特の風貌故に周囲からは敬遠され、そして自らも他者と交わろうとしない彼女は、蝶の標本作成に生き甲斐を見い出し、自分と蝶だけの世界を築き上げることに激しい情念を燃やす。それ故に施設の中でも極めて浮いた存在であった彼女は、やがて自らの出生の秘密を知ると同時に施設を出て、新たな生活環境の中で更なる「永遠の美の世界」の構築に向けて動き出す、という物語。
 作品のコンセプト自体は「氷の世界」に近いが、こちらの方がより「狂気」をストレートに押し出した構成であり、クレールの行動理念である激しい美への執着心と独占欲が、物語全体を独特の雰囲気で包み込んでいる。そんな彼女が、物語序盤において「蝶」と見まごうほどの美しさを持つテニス選手・明石洋子と出会ったことで、更なる倒錯と狂想の世界へと踏み込んでいくことになる。
 本作品のテニス描写は洋子が登場する僅か数頁のみであるが、その描写は実に優雅で、確かに彼女が「蝶」と呼ぶに相応しい選手であることを読者も感じ取ることが出来る。ちなみに、本作品が掲載された時点で『エースをねらえ!』は既に連載が開始されており、そこから「蝶」のイメージをインスパイアされた可能性はあるが、実質的には洋子は竜崎麗香とは全く異なるタイプのキャラに仕上がっており、あまり類似性は見られない。
 若木書房版はかなりレアな単行本ではあるが、秋田書店版であればまだ比較的容易に手に入ると思われるので、興味があればそちらの方を探してみることをお勧めする。それにしても、昔の『なかよし』にはこんな漫画が載っていたという事実と、巻末に収録された短編とのあまりの作風のギャップには、ただただひたすら驚愕させられた。