原作:森田功(原作)・引野真二(漫画)『やぶ医者のつぶやき』

やぶ医者のつぶやき (2) (ビッグコミックス)

やぶ医者のつぶやき (2) (ビッグコミックス)

連載:『ビッグコミック』(1997〜1999年)
単行本:小学館ビッグコミックス(1998〜1999年) 全4巻


 『ビッグウィング』や『SORA!』(どちらも原作・矢島正雄)などで有名な引野真二(別称:ひきの真二)が、実在の町医者・森田功のエッセイ集「やぶ医者」シリーズを元にビッグコミックで描いた作品。森田はその後、他界。現在の引野は『華中華』と『ちゃべ!津軽鉄道四季物語』を連載中(前者は「ひきの真二」名義)。
 主人公は、東京の西のはずれの閑静な住宅街の近所で開業医を営む八巻新太。妻と息子と娘の四人家族と暮らしながら、町医者稼業を通じて様々な患者達と向き合っていく姿が描かれる。そんな物語の一環として、第二巻の第5話(カルテ5)では、近所のテニスコートでプレイする三井という80才の老人に関する物語が展開される。
 実在の医者のエピソードを元にしているため、作風は地味で堅実であり、決して奇を衒わず、過度の山場もオチも用意しない淡々とした展開でありながら、どこかほのかにユーモラスな雰囲気を漂わせた内容である。基本的には患者の病状をいかにして回復するか、という点に焦点が置かれてはいるが、主人公は卓越した技術を持つ天才名医ではなく、時には主人公自身が一切手を下さずに物語が終わることもある。まさに、現実の町の診療所の実状をリアルに描いた作品と言えよう。
 中でも、ここで取り上げるテニスコートのエピソードでは、主人公は本当に何もしていない。一応、寝たきりの女性の家に往診する姿は描かれているが、話の本筋である三井の一件に関しては、コーチや他のテニス仲間との話を聞くだけで、全くその治療にも関与していないのである。作品を通じて「主人公の腕」を見せつけるのではなく、「主人公の眼」を通して病気と向き合う人々の姿を描くという、医療漫画としての本作品の独自性が最も色濃く描かれた回であると言えよう。
 なお、当然と言えば当然だが、テニス描写は断片的に描かれる程度に過ぎない。ただ、「平日のテニスコートに通う年配者」という、日本のテニス文化を陰で支える層の実像を描いた作品という意味では、テニス漫画史上においても貴重な作品と言えるかもしれない。