名香智子「華やかな因数分解」(『グリーン・ボーイ』収録)

グリーン・ボーイ (秋田文庫)

グリーン・ボーイ (秋田文庫)

初出:『ASUKA』(1988年)
単行本:角川書店あすかコミックス『グリーン・ボーイ』(1990年)
    秋田文庫『グリーン・ボーイ』(2000年)

    
 『0-love』の作者でもある名香智子が、同作品より前に角川書店の『ASUKA』で描いた短編作品。単行本としては、同社から『グリーン・ボーイ』の巻末に収録され、その後の秋田書店で文庫として再販された『グリーン・ボーイ』にも同様に収録された。なお、文庫版には他に「ウォッカ ミルク」「とんでメイレン!」が同時収録されている。
 主人公は、錦玉(きんぎょく)高校のテニス部員・蚊取瞳子(かとり・とうこ)。人並み程度の実力しか持たない彼女がテニス大会において、運悪く県下五本の指に入ると言われる寿桃(じゅとう)高校の花巻・杏仁組と一回戦で対戦していた時に、打球を顔面に直撃して意識を失っていたところから、物語は始まる。そして、謎の少年・木巣天馬(きす・てんま)と、テニスコート上で「不思議な現象」を通じて遭遇し、それ以来、「彼女の中に天馬がいる状態」に陥ることになる。
 ネタバレを避けるため、あえて上記では内容が分かりにくい表現に留めたが、要は超常現象系の物語である。瞳子の性格がひたすら淡白で、オカルト的存在である筈の天馬があまりに無邪気な性格のため、両者のテンションが全く噛み合ないまま淡々と物語が進んでいく様子が、妙に面白い。演出的には、当初は「天馬in瞳子」の描写がやや分かりにくかったが、その表現法を理解すれば、これはこれで味のある描き方だと思う。
 テニス描写に関しては、場面自体は少ないが球種ごとにきっちりフォームを描き分けており、作者のテニスへの愛は十分に感じられる。また、ボルクを過度に信奉するコーチへの批判のくだりなどは、作者自身の経験に基づいた描写であろう(このような日本のテニス関係者への批判的な姿勢は、『0-love』の文庫版のコメントなどからも読み取れる)。
 ただ、これは『0-love』の時にも思ったのだが、「これから面白くなりそう」という所で突然終わってしまうので、どこか消化不良感が残るのも確かである。でもまぁ、こういった「決着させない結末」こそが、この人の作品の持ち味なのかもしれない。それにしても、この人の話に登場する日本人達は、なんで揃いも揃って「覚えにくい名前」ばかりなのだろう? 何か、ネーミングの裏に特別なネタでも仕込まれているのだろうか?