浦野千賀子「うなる白球」

初出:『別冊マーガレット』(1968年)
単行本:未発売


 日本のスポーツ少女漫画界のパイオニアである『アタックNo.1』の浦野千賀子が、同作品の連載初期(アニメ化以前)の頃に『別冊マーガレット』1968年4月号にて描いた50頁の短編作品。これまでに本レビューで紹介したどの作品よりも古い、まさにテニス漫画の黎明期の作品である。作者はこの後、70年代中盤頃まではマーガレットで様々な作品を発表するが、その後の活動は不明。
 主人公は、桜花中学のテニス部に所属する左利きの少女・南條美千世。「魔のサーブ」を駆使する実力者であるキャプテンの岡田緑に憧れて入部した彼女であったが、岡田は優等生の美千世のことが気に喰わない。そんな中、美千世は母親から突然、テニスをやめるように言われる。しかし、その理由を知った美千世はより一層、テニスに情熱を燃やすようになり、やがて岡田と共に全国大会の団体戦へと出場することになる、という物語。
 50頁の作品にしては非常にテンポがよく、美千世を取り巻く家族、友人、ライバル、恋人候補(?)、師匠など、様々な人物達が織り成す多様なエピソードが凝縮された、密度の濃い物語に仕上がっている。この辺りは、少女漫画誌における「スポ根」という文化を確立させた浦野千賀子の面目躍如と言えよう。
 また、「主人公が左利き」「父親の過去が彼女のテニスに深い影響を与えている」「ライバルは金持ち」など、後々のテニス漫画にも通じる普遍的な王道設定に基づいている一方で、「練習用」として登場する金属製ラケットやスポンジ製ボールなど、この時代のスポ根独特のトンデモ設定も楽しめる。また、団体戦の形式が4ゲームマッチの勝ち抜き戦になっている辺りも、その後のテニス漫画ではあまり見られない設定である。
 さすがに40年前の作品なので、絵的には今見ると厳しいものがあるし、主人公の苗字で「南條」と「南条」が併用されていたり、彼女の変化球の説明台詞が文法的にも内容的にも微妙におかしい点など(写植ミス?)、色々とツッコミ所があるのもまた事実。なので、素直な気持ちで現代の我々が楽しめる作品ではないが、テニス漫画黎明期の一つの実験作としての歴史的価値は、決して否定出来るものではない。