ならやたかし『ケンペーくん』

ケンペーくん 増補新装版 (fukkan.com)

ケンペーくん 増補新装版 (fukkan.com)

連載:『漫画エロスペシャル』など(1988年〜1991年)
単行本:ラ・テール出版局(1995年)
    ジャパン・ミックス(1996年)
    幻冬舍アウトロー文庫(1999年)
    ブッキング(2007年)


 官能小説家・睦月影郎が、「ならやたかし」名義で『漫画エロスペシャル』『漫画ソフトスペシャル』などで描いた作品。その後、何度も単行本化され、その度に描き下ろしエピソードなどが追加された。掲載誌的には裏館で扱うべき作品なのだが、単行本はいずれも成人指定本ではなく、内容的にも性描写を主体とした作品ではないので、こちらで紹介することにした。
 主人公は元大日本帝国憲兵大尉・南部十四郎(通称:ケンペーくん)。堕落した日本を浄化するために現代に蘇った彼が、犯罪者・ナンパ男・ふしだらな女・西洋文化愛好家などを、次々と軍刀や拳銃などの諸兵器で惨殺していく物語。その一環として、第2話では「毛唐が考えたスポーツ」に興じている男子テニス部員達が、ケンペーくんの手で銃殺されることになる。
 彼の虐殺行為は、あくまで彼の中での純粋な正義感に基づいた行動であり、そこには一切の私心はない。その言動は、冷静に考えれば偏屈な狂気としか思えないのだが、一方で、どこか不思議な爽快感を感じさせる。
 人間とは、それぞれに異なる正義感の持ち主であるが故に、その人間同士の共同体である「社会」で生きていくためには、どうしても自身の正義感を歪ませる必要がある。皆がその歪みを受け入れることで社会は秩序を保てるのであるが、中にはその歪みを受け入れず、筋の通らない世の中に筋を通そうとする者もいる。そして彼等は、一般に「狂人」と呼ばれる。
 ケンペーくんとは、まさにこのような狂気が結実した存在であり、だからこそ、そのような「狂気」という名の正義感を抑えて、歪みに甘んじて生きている我々に対して、奇妙な高揚感を与えてくれるのであろう。
 なお、作者の公式サイトによると、作者自身もテニス経験はあるらしい。彼はケンペーくんが自分の分身であるかのようにも語っているが、実際には、あくまで彼の心の中の一部を肥大化させた存在にすぎないようだ。