麻原いつみ『炎はとまらない』

炎はとまらない コミックセット [マーケットプレイスセット]

炎はとまらない コミックセット [マーケットプレイスセット]

連載:『週刊少女コミック』(1984年)
単行本:小学館フラワーコミックス(1984〜1985年) 全4巻


 近年は「荻丸雅子」の名で、レディースコミックやNHKドラマ『オードリー』の漫画版などの執筆で知られる作者の「麻原(まはら)いつみ」名義の時代の代表作の一つ。ちなみに、今回のレビューはいつもよりネタバレ風味が強いので、要注意。
 テニスの名門高校の受験に失敗した主人公・青樹亜里が、偶然に出会ったスポーツ記者・狩生寧(かりゅう・ねい)の助言でクラブ・テニスの世界に身を投じ、幼少期からテニス・エリートとして育成されてきた若葉台LTC(ローン・テニス・クラブ)の少年少女達との間で、孤独感と戦いながらも必死にテニスの世界で生きていく物語。
 作者がテニス好きだけあって、練習風景などの描写はそれなりに丁寧なのだが、その割に試合のエピソードはあまり印象には残らず、どちらかというと、亜里とその周囲の人々との間の人間関係構築のドラマの方が面白い。全く見知らぬ世界に飛び込んだ亜里に対して、彼女のことを助けてくれる人々も登場するのだが、彼等のそれらの行動の背景にはそれぞれの思惑が込められており、決して少女漫画的な「女性にとって都合の良い男」にはならない。故に、亜里に「幸せ」や「安心感」を与えたその直後に、彼女が絶望の淵に落とされることもあり、全体通じて物語のトーンはやや暗めである。
 特に、そうした様々な試練を乗り切って、最終巻でようやく「最高の幸せ」を掴みかけた瞬間からの急展開には、「この作者は鬼だな」と思わされた。そこから先の物語については評価は分かれるかもしれないが、個人的には、安易な理由で完全に立ち直らせてハッピーエンドにするよりも、このような形での終わらせ方の方が余韻が残って良いと思う。
 確かにテニス漫画としてはやや地味だが、物語中に出てくる学校テニスとクラブ・テニスとの確執など、心情描写の一つ一つが決め細やかで、登場人物一人一人の「むき出しの感情」が随所に描かれている点は非常に鮮烈である。等身大の人間ドラマとして、テニスに興味がない人々にもぜひお勧めしたい。