森田信吾『栄光なき天才たち』

栄光なき天才たち 17 (ヤングジャンプコミックス)

栄光なき天才たち 17 (ヤングジャンプコミックス)

連載:『週刊ヤングジャンプ』(1986〜1992年)
単行本:集英社ヤングジャンプコミックス(1986〜1993年) 全17巻


 『週刊ヤングジャンプ』にて描かれた、「歴史の陰に埋もれた偉人達の人生」を題材としたオムニバス作品集。本レビューではその中でも、第一シリーズの最終巻(第17巻)に収録された「佐藤次郎」の物語を取り扱う。作者の森田信吾は、『モーニング』にて『駅前の歩き方』を不定期連載しつつ、『週刊ヤングジャンプ』では本作品の続編である『栄光なき天才たち2010』も連載中。
 主人公は、そのいかつい風貌と闘志溢れるプレイスタイルから「ブルドッグ」の異名を持つ戦前のテニス選手・佐藤次郎。彼は個人主体のウィンブルドンなどの大会では、フレッド・ペリーやヘンリー・オースチンなど、当時の名立たるトップ選手達を次々と破る快挙を成し遂げていたのだが、一方で国別対抗戦のデビスカップでは、あまりの周囲のプレッシャーから調子を崩すことが多く、そのことで深く思い悩んでいた。そして、最終的にそのプレッシャーは、彼を最悪の道へと追い込んでしまうことになる。
 実在のテニス選手が漫画に登場することはよくあるが、実在のテニス選手そのものを主人公とした漫画は、実は意外に少ない。そんな中で、今では語られることも少なくなった伝説の名選手・佐藤次郎の物語を描いた本作品は極めて異色であるが、テニス漫画史を、そして日本テニス史を語る上で、決して外すことの出来ない作品であると私は思う。
 当時のテニス界が抱えていた問題、その中で自分が果たすべき役割について思い悩む佐藤の葛藤、そんな佐藤を助けようとするダブルスパートナー・布井の友情、そしてそんな彼等の前に立ちはだかる当時の欧米列強のスター選手達の勇姿。スポーツ漫画として、ここまで密度の濃い物語と出会えることも珍しいと思えるほど、充実した内容である。
 テニスとは何なのか? 何を求めてプレイするのか? 誰のために戦うのか? 誰のために生きるのか? そんな佐藤の(直接的には描かれていない)心の叫びが、読者の心を捉えて話さない。絵的には青年誌系の地味な劇画調なので、若い人々にはあまり魅力的には映らないかもしれないが、スポーツ漫画を愛する全ての人に読んで欲しい名作である。